「あなたの心に…」

第2部

「アスカの恋 激闘編」

 

 

Act.39 アスカ、宣戦布告す

 

 

 レイの突然の絶縁宣言には、さすがの私もパニクっちゃったわ。

 嫌味とかそんなのじゃなくて、正面から攻撃してきたんだから。

 やっぱりレイのこと、信じてたから。ショックが大きかったの。

「ね、マナ。これって、シンジも承知のことなのかな?もしそうなら…」

「う〜ん、ちょっとこっそり様子を見てくるか」

「あ、お願い。マナ」

「うん、任せといて」

 マナが壁を抜けてシンジの家へ…。

 あれ?いつもみたいに、スッと抜けていかないじゃない。

 普通の人間みたいに壁にぶつかってるよ。

「え〜っ!」

 マナが叫び声を上げて、頭を抱えてしまった。幽霊も痛いのかな?

「どうして、抜けられないの!まさか実体化したとか」

 私は慌ててマナに近づいて、身体を触ろうとしたけどその手はすり抜けてしまう。

「あれ?おかしいな」

 マナはゆっくり壁に近づいて、掌を壁に当てた。

 まるで実体があるかのように、その掌は壁に当たったまま。

「嘘。どうして…」

「壁が抜けられなくなった、とか?」

「試してみる」

 マナは唇をかんで、リビングの方の壁に向かって突進したわ。

 一瞬、その姿は吸い込まれるように、壁に消えた。

 

『ギャァッ!』

 あ、あの色気のない叫び声は…。

 パパ、おかえりなさい。もう、いい加減慣れてよね。

 すっとマナの身体がこっちに戻ってきた。

「大丈夫じゃない」

「うん。でも、こっちの壁は…」

 マナはもう一度試してみたけど、結果は同じ。

 他の場所で試してみるってマナは出て行ったけど、

 落胆した顔で帰ってきたの。どこも通り抜けることが出来なかったのよね。

「これって、どういうこと…?」

「結界ってヤツよ」

 わ、マナが難しい言葉使ってる。さすがは幽霊。専門用語には強いのね。

「ほら、神社とか私がどうしても入れない場所があるんだけど、

 それと同じ。シンジの家が結界になっちゃってるの」

「でもさ、ど〜して、ある日突然、シンジの家が結界になるのよ」

「あの娘じゃない?」

「レイのこと?」

「そうよ。タイミングが合いすぎてる」

「でも、家に来た時、マナのこと全然見えてなかったじゃない」

「だって。そうよ、ほらママさんの時だって」

「あ、そうか。見えてない振りしてたわけ?」

 もしそうなら、綾波レイ。只者じゃないわ。

「私、あの娘の家、行って来る。場所教えて」

 

 2時間後、がっくりした顔でマナが出てきたの。

「アスカ。アンタ、とんでもない娘を敵にしたわよ」

「え?」

 私もマナの話を聞いて、本当のレイの姿に驚いてしまったわ。

 マナがレイの部屋を探し当てて、その前に姿を現したとき、

 レイはにこやかに微笑んだらしいの。

 この後は、マナの中継録画ね。

 

『あら、幽霊さん。いらっしゃい』

『シンジの家の結界。アナタの仕業?』

『そうですけど、それが何か?』

『アナタ、ずっと見えてたの?』

『はい。最初から』

『酷〜い!どうして結界なんか張るのよ』

『クスクス…。早く成仏されればいいのに』

『質問に答えなさいよ。キャッ!』

 レイに近づいたマナは身体に打たれたようなショックを受けたの。

『まあ怖い。何をなさるおつもりですか?』

『あ、な、何って、そっちこそ!』

 レイは微笑を絶やさずに、パジャマにポケットから御守を出した。

『わかりますか?これ。幽霊さん』

『御守』

『クスクス…。お馬鹿さん』

『えぇっ!もしかして、それって…何?』

『まあ、霊体の癖に御存知ないのですか?』

『あのね、どこで習うのよ。お化けにゃ学校も試験もないのよ!』

『あら、そうでしたの。じゃ、教えて差し上げますわ。

 この御守があると、あなたのような邪悪な存在は何も出来ないの。

 文字通り、御守ですわね。本場、京都から取り寄せましたの』

『へぇ、京都が本場なの?』

『まあ。ずいぶんとオトボケさんの幽霊ですのね。

 もうひとつ、いい事を教えて差し上げましょう。

 これと同じ御守を碇君にも持っていただいてますの。

 くれぐれも変なことをされないように、お願いしますわ』

『わ、私はシンジに変なことはしないよ。シンジの幸福を願ってるだけ』

『では、もう成仏なさい。碇君は私と幸福になるんですから』

『ふん!シンジはねぇ、アスカと幸福になるんだよ!』

『あら、やっぱりあなたの黒幕は、惣流さんでしたか』

 

「馬鹿マナ!アンタ、喋っちゃったの?」

「ごめん…。つい、勢いで」

「はぁ…。これで、私は悪霊を操って邪恋に燃える、やられキャラになっちゃうじゃない!

 大体、元々アンタが仕向けたことでしょうが!」

「はは、もう遅いから。がんばろうね。ね、アスカ」

「あんたねぇ…。で、そのあとどうしたのよ」

 

『まあ、学校で惣流さんが悪霊使いだってことを言いふらしたりはしませんから。

 そのあたりは心配なさらないで。

 でも、悪霊を使おうがどうしようと、私は碇君を守ります』

『守るって。シンジは…。シンジの気持はどうなのよ』

『知りたいのでしたら、直接お聞きになれば?』

『……』

『さあ、そろそろお引取りになってください。

 黒幕の惣流さんによろしく』

 そう言って、レイはにっこり微笑んだんだって。

 

「あ〜あ、最悪の状態ってやつね」

「もう!アスカがあんな娘をシンジにくっつけるからいけないんだよ!」

「だ、だって…。あの時はシンジを好きだって気付いてなかったから…」

 その後、沈黙が二人を包んだわ。

 困っちゃったわね。

 レイがこんなに正面切って対立してくるなんて。

 う〜ん、どうしよう…。

 あれ?何だっけ?

「ねえ、マナ。私たち、何か大事なこと忘れてない?」

「へ?大事なことって何?」

「うん。何かとっても大事なことが…」

「…?」

!!!

「あぁっ!」

「わかったの、アスカ。何、いったい何?」

「私の行動制約がなくなったのよ!」

「はい?」

 マナがきょとんとしているわ。

 これだから、アンタは…。やめとこ。

 私は腰に手をやって、仁王立ちしたわ!

「じゃ質問。私がシンジにラブラブになっちゃったのに、何も出来ないのは何故?」

「ははは、アスカがどんくさいから」

「私も結界張るわよ」

「へへ、えっと、ほら、あの娘に気兼ねして…あっ!」

「わかった?」

「うん、うん!もう気兼ねする必要ないんじゃない!」

「そうなのよ!レイが宣戦布告してきたんだから、こっちも遠慮する必要ないのよ!」

「やった!GO!GO!アスカ!」

「は?」

「今から行くんでしょ。告白しに、シンジのところに」

 マナは満身の笑みで私を見つめている。

 私は斜め45度、天井の一角を眺めたわ。

「アンタ、馬鹿?玉砕しに行くの?シンジはただいま、レイとラブラブ交際中なのよ」

「あ!」

「何が、『あ!』よ。まったく。

 そんなところに、『好きです』な〜んて言いに行って、成功すると思う?

 もうマナは単純なんだから。そんなに簡単に話が進むわけないでしょ。

 それがわかってるからレイも宣戦布告したんじゃない」

「なるほど」

「つまり、こうよ!

 シンジの心を私に向けさせるのよ!

 私を好きにさせるの。そうすればいいのよ!」

「おおおっ!」

 マナが立ち上がって、盛大な(音のしない)拍手を贈ってくれたわ。

「見てなさい。綾波レイ。これからは、アスカ200%で行くわよ!」

 

 まずはこっちからも、宣戦布告よね!

 

 翌日の放課後。

 私はレイを屋上に呼び出したわ。

 レイは話の予測がついてるみたい。

 思い切り余裕の表情。くぅ〜!憎たらしいったらありゃしないわ!

 私たちは屋上の真中で向かい合ったわ。

 二人の間を強い風が吹き抜けていく。

 神様ナイス!見事な演出効果よ!

「レイ。わかってるわよね。何の用事か」

「さあ、わからないわ。惣流さん」

「はん!じゃ、はっきり言わせてもらうわ!

 私はシンジが好きよ。大好き。

 気付くのが遅くて、アンタをシンジにくっつけちゃったけど。

 もう我慢できない!

 私はアンタに宣戦布告するわ!」

 私はレイに指を突きつけた。

 でも、レイは余裕の微笑を浮かべたまま。

「勝手にされていれば結構ですわ。もう、碇君は私のものですから」

「シンジはモノじゃないわ!」

「私もあの方のもの。私の初めてはあの人に捧げたのですから」

「げ!」

 な、な、な、な、なんですと!

「あれは先日、公園でデートしていましたら…」

 こ、公園…?

「碇君があまりの暖かさに芝生でウトウトと…」

 し、芝生で…?

「そのままではお可哀相ですから、私の身体を…」

 か、身体ぁ…?

「膝枕って、こちらも幸福な気持になれますわね」

 ひ、膝枕、か…。よ、よかったわ。

 でも、私もシンジに膝枕した〜い!

「はん!何よ。膝枕くらいで」

 クスクス…。

 ふぇ〜、レイが笑ってるよ。

「そのときに、あのお方の唇に、そっとくちづけましたの(ぽっ)」

 く、く、く、く、くちづけって、ひょっとして、キスのことぉ!

 レイのヤツ。頬を赤らめて、目が潤んでるの。

 く、悔しいよぉ!

「あのお方のファーストキッスは私が」

「はっはっは!甘いわ!シンジの意識がないんじゃないの。

 そんなのは、認められないわ!」

「これは事実。あなたが認めなくてもファーストキッスという事実は変わらない」

「甘いって言ったでしょ!」

 私は周りを見渡した。

 誰もいない。今なら大丈夫。

「出でよ。マナ!」

 私はポケットに入れていた、お猿さんのちびぐるみを出した。

 それに憑依していたマナが、私の隣に出てきた。

「ぢゃぢゃぁ〜ん!」

 ちょっと、自分で演出するのはやめなさいよ。みっともないし、迫力もないから。

 何か、本物の悪霊使いになったみたいで変な感じ。

「こんなこともあろうかと、連れてきてたのよ!

 マナ!教えてあげてよ。シンジのファーストキスはいつ?」

「幼稚園の上級さんの8月よ。

 二人でビニールプールで遊んでたときに、

 シンジが躓いて私に上から覆い被さって、ブチュッっとしたの。

 もろよ。もろ。シンジのファーストキスは私がいただいたんだから」

「はん!レイは2番目よ、2番目」

 くぅっ!自分で言ってて腹が立つわ。

 私がファーストキスしたかったよぉ!

「それは事故。キッスではありませんわ」

「でもシンジはしっかり覚えてるも〜ん。なんなら、シンジに聞いてみたら?」

「ぐ…」

 ククク。動揺してる。唇が少しだけ歪んでるじゃない。

 ここで私の出番よ。バシッと決めてやるわ!

「二人とも、騒ぐんじゃないわ。

 相手の意識がないとか、事故なんか、キスとはいえないわ。

 二人の想いが伴ってこそ、キスというのよ。

 帰国子女の私が言うんだから間違いないわ」

「あ、酷〜い!アスカの裏切り者!」

「クスクス。仲間割れ。みっともないですわ」

「ええ〜い!煩い!」

 私は仁王立ちになって、腰に手をやり、高らかに宣言したの。

「シンジのちゃんとしたオフィシャルファーストキスは、

 この惣流・アスカ・ラングレーが戴くわ!」

 決まった!

「ふん。私が戴きます。あなたにチャンスなんかあげません」

 そう言い残して、レイは扉へ歩いていったわ。

 私はその後姿に拳を突き出して、叫んだわ。

「アンタには負けないわ!最後に勝つのはこの私よ」

 

 そのとなりでマナがいじけてた。

「あれはファーストキスなんだから。アスカったら、ずるい…」

 

 私は、いじけているマナのことは置いておき、手すりから校庭を見下ろしたわ。

 絶対に私はシンジの彼女になる。

 そして、二人は幸福になる!

 私は雲ひとつない春の空に向かって、大声で叫んだ。

「私は負けない。負けないわ!」

 下の教室に聞こえちゃったかしら?まあ、いいわ。

 私はたった今から、シンジの愛を手に入れるために、全力を尽くすんだから!

 

 でもその前に、私には全力を尽くす必要が目前にあることを知ったの。

「ちょっとぉ!誰かぁ!屋上の扉を開けてぇっ!」

 レイのヤツ。鍵掛けて行ってんじゃない!

 私は声が涸れるまで、屋上で叫び続ける羽目になったわ。

 

 

 

『あなたの心に…』

第2部 

「アスカの恋 激闘編」

 


<あとがき>

こんにちは、ジュンです。
第39話です。『レイ、アスカ親交断絶』編の後編になります。
そして、第2部の完結編となります。
第3部は8月初旬までを舞台にします。名付けて『アスカの恋 怒涛編』!
何が怒涛なのか今ひとつよくわかりませんが、彼女のことですから文字通り荒れ狂ってくれることでしょう。
ということで、次回は『アスカのお墓参り』編です。お楽しみに!